長谷川俊英 堺市議会議員に聞く「政務活動費不正事件のリコール運動について」

独占インタビュー
長谷川俊英 堺市議会議員に聞く

「政務活動費不正事件ののリコール運動について」

 

堺市議会での百条委員会に刑事告訴にまで至った

小林由佳・黒瀬大の両市議(黒瀬氏は辞任)の政務活動費不正事件と

現在進められているリコール運動について、百条委員会の委員でもある

長谷川俊英議員にお話を聞いた。

 

 


 

―まず始めに百条委員会の経過について教えてください

小林よしか議員による政務活動費の不正支出が報じられた折、私の事務所スタッフの手を借りて、小林議員が提出している領収書を基に、仮の会計帳簿を作ってみました。すると、不思議なことがいっぱい出てきたのです。

例えば、何度も大量に発注している名刺、それに市政報告チラシの印刷代とポスティング請負費を支払い順に並べてみて気づきました。名刺もチラシも同じ業者に発注しているのですが、この会社は2011年8月30日に社名変更しています。その日以後に支払ったチラシの印刷代とポスティング費用の領収証は、新しい社名になっています。ところが、合計12回も支払った名刺印刷代の領収証は、すべて旧社名だったのです。

また、業者が発行してるはずの領収書の筆跡と、当時は「秘書」だった黒瀬議員が発行した給料の領収書の筆跡が同じであることも見つけました。これは証拠を見てもらったほうが早いですね。

 

 

社名表記のおかしさ

領収書筆跡が同じ

 

ころころ変わる黒瀬の答弁

 

このスライドは議会総会などでも示したものです。その折の発言が会議録にも残っています。要するに(第三者のはずの)業者が書いた領収書の筆跡と、(当時秘書だった)黒瀬が書いた領収書の筆跡が同じということです。それから考えられるのは、業者が書いたのではなく、黒瀬氏が適当に領収書を作ったのではないかという疑いです。そういう問題点がいっぱい明らかになってきました。

(小林議員の発行したチラシを指差し)決まっていない役職名が書かれていたりね。

 

監査に提出したチラシ(発行時より未来の事象が書かれている)

 

 

 

―このチラシが発行された時点では、まだ就任することが決まっていない役職名が、小林議員の肩書として、記載されているわけですね。
(※このチラシを印刷したとされているのは2014年4月10日だが、小林議員がその役職に就任したのは翌年の5月)

これらのことを議員総会で示し、百条委員会の設置を提案しました。疑惑を具体的に示したので、ほとんどの議員が真相解明のための百条委設置の必要性を感じてくれたのだと思います。もっとも、大阪維新の会の議員たちだけが百条委の設置に反対しました。しかも、反対しながら百条委の委員にはなるという破廉恥さは、ほんとうに驚くばかりです。

ともあれ、百条委員会では、維新の会を除く各委員から鋭い指摘があって、小林・黒瀬両議員による政務活動費の不適切支出と、その管理・事務処理での不適切さが浮き彫りになりました。

また、最終盤になってアルバイトの雇用状況を再点検したら、印刷やポスティング業者を前回の市長選挙の期間にアルバイトして雇用したことに関する疑惑が浮かびました。このアルバイト雇用に関して小林議員は、監査委員への説明では、自分(小林議員)の市政報告のチラシを駅前とかで配ってもらったと説明しています。さらに、その証拠として、勤務表とか雇用契約書も提出しています。

ところが、その期間に配布するような印刷物が作成されていないことに気づいた私が、百条委員会で説明を求めたら、小林議員は動揺し始めました。ずっと追及を続けていたら、とうとう「(業者を)雇っていなかったかも」と答えざるをえなくなったのです。

もしも、「雇っていなかった」という百条委での小林議員の証言内容が事実だったら、監査委員に対する説明はウソで、提出した資料もデタラメだったことになります。逆に、監査委員への説明が本当だったのなら、小林議員は百条委員会で「偽証」したことになるのです。

このことを含め、小林議員も、黒瀬議員も、百条委員会の証人尋問では曖昧な証言をしたり、「記憶にない」を繰り返しました。そのため、百条委員会は「不誠実で、当事者意識が欠如し、自らの潔白を積極的に晴らすために努力が全く感じられず、(中略)疑惑がますます強まった」との見解を全委員一致でまとめたのです。この見解については、維新の会の委員も同意しています。

百条委員会の報告に基づいて、堺市議会は、小林・黒瀬両議員への辞職勧告決議を可決しました。しかし、大阪維新の会は辞職勧告決議に反対して、身内の二人を守ろうとしました。両議員が、辞職勧告を受け入れずに居座り続けるように応援するのが、維新のねらいだったのかもしれません。

 

 

―リコール運動についてなんですが、リコール運動に長谷川議員が参加した理由についてと、署名活動をしている団体について、どういった方々なのか教えていただけますでしょうか?

今から35年前、私が議員になりたての頃、市民の直接請求運動を体験したんですよ。

初当選から3年目、堺市の学校建設をめぐる汚職事件が摘発され、収賄で有罪判決を受けた議員が議会に居座ったことがありました。市民の間に大きな怒りが湧き起こりました。私を(市会議員に)推し出した市民の人たちと話し合って、何とか辞めさせる運動をしようと、とりあえず議会に対して「辞職勧告を求める」との陳情書を出しました。

議会内で賛同してくれる議員も居て、私はそれらの議員と共に「辞職勧告決議案」を提出しました。ところが、議会の多数派がそれを否決しちゃったわけですよ。それで何とかしないといけないと考えたのが、市民の直接請求運動によって辞めさせることです。

真っ先に頭に浮かんだのがリコール運動。だけど、当時は政令指定都市ではく、全市の有権者約54万人の3分の1(18万人)の署名を、しかも1か月の間に集めないといけないという制度は、組織も何にもない市民グループには不可能なことでした。

それでもあきらめきれずに議論し、考えついたのが、「政治倫理条例」の制定運動でした。

地方自治法の規定で、条例の制定・改廃を求める直接請求だったら有権者50分の1の署名で実現できるのです。日本で初めて、資産公開を含む政治倫理条例を市民の手で作るという運動は大きな注目と関心を呼び、結局、法定数の4倍ぐらいの署名が集まりました。議会に提案されてからも色々と議論の経過はあるのですが、最終的にはその政治倫理条例が制定されることになったです。

当時の堺市議会で、最初からこの条例に賛成していたのは、市民と一緒に条例案を練り、署名集めに参加した私一人でした。つまり議会の中では「51対1」(このときの議員定数得は52人)という力関係だったのですが、市民の直接請求運動を背景にして関係が逆転。政治倫理条例が成立したのです。

もちろん、このときの条例制定請求運動は解職(リコール)請求ではありませんから、条例が制定されても汚職議員は辞めさせることはできません。しかし、市民の運動の高まりは、思いもしなかった効果を生みました。署名集めの最終日、署名数が法定数をはるかに超えていることが報道される中、当の汚職議員が「議員辞職願」を提出したのです。

今回のリコール運動でも、署名集めが進展し、市長選挙にために中断した折に黒瀬議員が辞職したのは同じケースになるのでしょう。

 

 

 

なお、署名集めをしている人たちですが、実は、小林・黒瀬両議員が辞職勧告を受けても居座っていることについて、何人もの市民の方々から「議会の決議を無視して辞めない議員がいるのに、このままほっておいてよいのか? 市民の手でできることはないのか?」という相談が寄せられました。

その際、さっきお話しした35年前の体験を語ると、「じゃあ、直接請求で何かをやろう」と言い出す人たちがいて、さらににその中から北区と西区からそれぞれお2人、リコール署名の請求代表者を引き受けると言って下さる方も出てきました。

また、この4人の請求代表者を中心に、たくさんの市民の皆さんが運動に参加していただけることになり、「リコール実行委員会」が誕生したのです。私自身も、35年前と同じように一緒に運動に加わらせていただきました。

 

 

―『政治倫理条例』というのは、どのようなものになるんでしょうか?

基本的には、汚職などの政治腐敗を防止するための条例です。堺市の条例では、前文で市長や議員が自ら高潔性を実証すべきことと、市民が高潔性を判断できるように資産公開をすることうたっています。また、条例の内容は、「説明責任」「資産公開」「市民参加」という3本の柱で構成されています。

話せば長くなるので簡単に説明させていただきますと、「市長や議員が汚職事件で有罪判決を受けた場合、なおその役職にとどまるときは市民に対する説明会を開きなさい。市民は、その説明会で当事者の市長や議員に質問できる」(※注)というのが、1本目の柱。

2本目の柱は、「恒常的に汚職を防止を図るため、市長と議員が資産公開をすること」。3本目は、「公開された資産報告書を審査する倫理調査会を設置し、市民もこの調査会に参加できること」です。

この市長や議員の資産公開制度というのは、先にも言いましたが、日本で初めて実現した制度なんです。

堺市の政治倫理条例が施行された日の翌日、参議院の予算委員会で、江田五月議員(江田議員は私の学生時代からの友人)がこの条例について、当時の中曽根康弘総理大臣に質問しました。その議論を経て、中曽根首相は、第2次中曽根内閣から閣僚の資産公開を始めました。その後、この資産公開制度は歴代内閣で拡大し、1992年には国会議員の資産公開法が制定されました。この法津によって、国会議員だけでなく全国の地方自治体の長、都道府県と政令指定都市の議会議員の資産公開制度が実現したのです。

また、他方で、堺市の政治倫理条例は各地のへの広がりを見せ、ある研究者が2010年に発表した研究論文によると、当時すでに450以上の自治体で条例が制定されていました。

(※現在は公職選挙法が改正され、汚職事件で有罪判決を受けた議員は即時失職する)

 

―それが始まったのが堺市からで、長谷川先生の運動からだったとは驚きました。次に署名活動の現状と今後についてお聞かせください。

署名の集まった数については、まだリコール実行委員会が公表していません。ただ率直に言ってやっぱり3分の1という、法定数の壁は非常に厚いです。

だっていま選挙の投票に行かない人が半分いるわけです。なおかつ、この運動は「本人の意思に反して議員の職を奪う」という強制力を伴う署名です。署名する人も、よほどの責任感とその必要性を感じた人でないと署名を躊躇するでしょう。

それに、署名簿は法律の定めで、生年月日を書かないといけないし、印鑑を押さなくてはいけない。印鑑がなければ拇印でも良いということなのですが、やはり拇印は指紋を取られるということで抵抗があることもあったりして、署名すること自体がハードルの高いものになっています。ですから、実際に有権者の3分の1を集めるというのは、まだ先にあると考えなきゃいけないと思います。

ただ、先程もお話しした35年前の署名運動で、リコール署名ではないんだけど、その運動が高まることによって当該の居座り議員が辞めました。同じ現象が、今回も黒瀬議員については起こったのです。

 

 

―小林議員は今も議員を続けていますが、この黒瀬氏との違いというのはあるのか、またいま小林議員が辞めていないことについて、どう思われますか?

そうですねえ……、私は、当然二人は同罪だと思っています。実際の仕掛けがどうだったか不鮮明ですが、小林議員が黒瀬議員のやってることを知らなかったというはずはないし、黒瀬議員も小林議員を騙してやっていたとは思えません。やっぱり、この事件は二人が共謀してやったと考えるべきです。

とすれば、黒瀬議員が辞めるのであれば、小林議員もきっと辞めるだろう思っていたんです。ところが辞めなかった。その事情は、私には率直なところわかりません。

まあ色々と推測はできます。市長選挙を前にして、大阪維新の会が何とかこの問題を終息しておきたいと考え、二人に議員辞職を促した。もしかしたら、議員報酬を生活の糧にしていた黒瀬議員には「生活保障」の約束をして、OKさせたのかもしれません。ところが、政活費の心配などない小林議員の説得には失敗した。まあ、いろいろ考えられるのですが、確証はありません。

 

―議会で維新の会だけが、辞職勧告に反対したわけですけど、それについてはどうお考えですか?

百条委員会の流れからいうと、ほんとうに、それは不思議な話なんですよね。さっきも言いましたけど、百条委員会で明らかになった二人に対する疑惑、あるいは、二人が百条委員会での証人尋問にも非協力だったというようなことは、報告書を作成する際に大阪維新の会の委員も全員が認めたのです。でも、「辞職勧告」には反対した。

その背景は、大阪維新の会の堺市議たちの鈍感さかもしれません。市民の皆さんが、この問題にどれほど大きな怒りを抱いているか、気付かなかったのでしょう。

 

―市民の怒りを軽く見ていた?

軽く見ていたというか、維新という政党と市民の思いがズレていることの一つの反映だと思います。

リコール署名運動でも、「次も維新に投票する」とおっしゃる市民の方が、「それでも、絶対に小林議員は辞めるべきだ」と怒りの気持ちをあらわにして署名されました。そういうことが見えていないということが一つですよね。

それに、維新の議員の政務活動費の不正支出って、これだけじゃないんですよ。かつては維新の堺市議団長が1千万円を超える不正をして議員を辞めています。現職の維新市議も、何人もが住民監査請求で不正支出を指摘され、返金しています。

それから、府内で維新の会に所属している議員たちで、他にも色んな不祥事があちこちで起こってるわけでしょ。でも、議員を辞めさせてるというケースは、あまりないんですよね。いいとこ、維新からの党籍離脱ですよ。それで誤魔化そうとしているわけですよ。

 

―党籍離脱というのには、どの程度の意味があるものなのでしょうか?

まあ党員でなくなれば、次の選挙での公認が得られないはずです。すると、次の選挙では当選の可能性が非常に厳しくなるでしょう。だって、当選したときだって、その議員の名前で得票できたのではなく、「維新の会公認」ということで投票したした有権者が大半なのではないでしょうか。

だから、維新の会にとっては、次回選挙の時に候補者を取り替えれば良いわけです。ただ、党籍を離れても彼らは政治的行動は維新の会に歩調を合わせています。従って、選挙までの間は維新の会の議会内勢力として保てるわけですよ。実際に、小林・黒瀬両議員は、議案への賛否は維新の会と全て同じでした。党籍は離れるけども、維新の仲間ではあるわけですよ、だからこそ、維新の堺市議たちは、この二人を守ろうと思い、そんな身勝手な理由で辞職勧告決議にも反対したのでしょう。

 

―松井一郎代表の方は、小林議員に対して「すぐに辞めたほうが良い」と言っているのですが、事件が発覚してから二年以上経っているわけですが、その間は何も言ってなかったのは矛盾しているかなと思うのですが。

その通りだし、やっぱり松井さんはその時の世論の動向を見て、「辞めた方がいい」と自分は言ったほうが良いと思って発言したんでしょう。

ところが、その後に言葉を続け、「でも、もう我が党の議員ではないから、後は知りません」みたいなことを言うてるわけですから、まったくもって無責任な発言ですよね、それも。

 

―二年間ずっと問題が発覚しているにも関わらず、議員を続けさせたのに、自分の党とは関係ないと言ってるわけですからね。

まあこの件に関して言うと、やっぱり小林議員の辞職を目指して、市民の皆さんと一緒に歩むということ、そのために、今日も実は市民の皆さんと一緒にリコール実行委員会のメンバーとして、北花田駅前で9月25日からリコール運動を再開しますというビラを配っていました。
(※このインタビュー時期は堺市長選挙に伴うリコール運動休止期間)

 

―それはOKなんですね?

署名集めは禁じられてるけど、宣伝活動は禁じられていないので。
(※このインタビューは9月2日に収録しています)

 

―それは市長選挙の告示後もできるのですか?

告示後もできるけど、このチラシには維新批判が入っているのでね、特定の候補者を落とすための運動だと見做されると公選法違反になるおそれもあるので、それは止めようかと思っています。告示前に精一杯ビラを配ろうということでやっています。

 

―こういう活動をしての、市民の反応というのはどういったものでしょうか?

それはやっぱり凄いですよ。街頭での署名集めでは次々とが署名して下さる方が続くという現象がありました。それから、私の議会報告の愛読者にアンケートを取っているんですけども、それを読むと署名運動をしているのを知らなかった人がまだいるんですよ、北区の中にも。

そういう人たちが「必ず、9月25日になったら署名します」と言ってきてくれています。「20人ほど集めるから署名簿がほしい」と言ってきた人もいるし。

 

―まだまだこの運動の認知度が低いというのはあるのでしょうか?

まあ今回はねえ、マスコミがあまり報道に力を入れてくれなかった。35年前の政治倫理条例制定運動のときは、連日のように運動の状況を新聞やテレビが伝えていたんですよ。

 

―そうですよね、先日、神戸の市会議員が架空チラシで辞任されましたよね、あの件とマスコミの扱いの違いに差があるように感じます。署名運動は参加者も増えてきてるようですが、今後も増えそうですか?

署名運動を街頭で始めたときに「署名簿を持ち帰ります」という人も沢山いたりしてね、広がりは出てきていると思います。とくに北区はかなり広がっています。正直なところ、それに比べて西区の署名集めはしんどかった。

 

―そうなんですか?

だって西区の市民にしてみたら、「黒瀬大って誰?」っていう感じでしょう。北区では、やっぱり小林議員の政務活動費の不正というのは、テレビなどでもいっぱい報道しているから。

 

―黒瀬氏のほうは報道量も少なかったですからね。また小林議員と黒瀬氏では得票数にも差があって、やっぱり元々の知名度も違いましたし、マスコミの取り上げ方も女性議員の方に偏るというのもありましたしね。

それに、何と言っても主犯は小林ですからね。そりゃ偏ります。

 

―黒瀬氏は当時議員ではなかったですしね。最後にこのリコール運動の今後の予定と、長谷川議員の、今後の活動について、この件以外にもお聞かせいただきたいて、このインタビューを終わりたいのですが。

とにもかくにも、西区では「黒瀬議員の辞職」という大きな成果が生まれました。炎天下の署名集めに奔走して下さった方々、署名をしていただい多くの市民の皆さんと共に半分の勝利を喜び、感謝したいですね。

同時に、北区では、小林議員のリコール成立をめざして、残された署名収集期間にできるだけたくさんの署名を集める運動を市長選挙後に再開します。

(※インタビュー時期は9月)

 

―お忙しい中、貴重なお時間、ありがとうございました。

 

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現在衆院選時期で堺市長選挙の時期に引き続き、再びリコール運動休止期間となっているが、
選挙が終わる10月23日より再びリコール運動が再開される。
今後のリコール運動の予定は以下のようになっている。ぜひ多くの市民の協力を期待したい。

 

10月23日(月)

北区役所前 11-13時 定点署名予定

(そののちも同場所で連日定点署名予定)